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福島家庭裁判所白河支部 昭和38年(家)198号 審判 1963年3月07日

申述人 山本新助(仮名)

主文

本件申述はこれを却下する。

理由

申述人は、福島家庭裁判所白河支部が昭和三八年一月九日同三七年(家)第一九二三号につき受理した被相続人山本四郎相続人申述人の為した相続放棄の取消申述を求めた。

そして、その事由とするところは、

一  申述人の父山本四郎は昭和三七年一〇月一五日死亡して相続が開始し、その配偶者マリ、直系卑属申述人外四名が相続人となつた。

二  然して、右相続人間に於て、被相続人の遺産につき、昭和三七年一一月二八日亡父の供養を営んだ際、これが相続につき協議を為し、その結果申述人と母だけが遺産を相続することになつた。

三  ところが、申述人は父の死亡により衝撃を受け、未だ精神が正常に復しないものであるが、その為相続人間で右協議を為したことを失念し、且多忙であつたことと法的に無知であつたことから相続放棄の手続は相続開始後三箇月以内にしなければならないと思い込み、うかつにも、母に申述人の相続放棄についての手続を依頼してしまつた。それで母はこれが書類の作成方を司法書士に嘱託し、同書士は申述人が相続放棄をする旨の母の言を信じて、その旨の申述書を作成し、これを御庁に差出した為、御庁昭和三七年(家)第一九二三号事件として繋属し、同三八年一月九日付で右申述は受理されてしまつたものである。

四  申述人は、右申述が受理された当時、この事実を知つたものであるが、前記の通り申述人としては相続を放棄する意思が真実なかつたものであるから、右申述受理の取消申述に及ぶ次第である。

と云うにある。

ところで、

一  本件記録及び申述人外四名の相続放棄申述の記録によると、申述人の父山本四郎が昭和三七年一〇月一五日死亡して相続が開始し、その記偶者マリ、直系卑属申述人外四名が相続人となつたこと、申述人の相続放棄の申述が当庁昭和三七年(家)第一九二三号として繋属し、同三八年一月九日右申述が受理されたことが認められる。

二  然して、民法は第九一九条第二項で相続放棄の取消を為し得る場合を列挙し、これによると、取消し得る場合は、(一)未成年者が法定代理人の同意を得ないでした場合(民法第四条)、(二)禁治産者が為した場合(同法第九条)、(三)準禁治産者が保佐人の同意を得ないでした場合(同法第一二条第一項)、(四)詐欺又は強迫によつてした場合(同法第九六条)、(五)後見監督人があるのにかかわらず、後見人が後見監督人の同意を得ないで、被後見人に代つてした場合(同法第八六四条第八六五条)等行為の有効なことを前提とする場合であるから、申述人が取消の原因として主張する事実即ち放棄する意思がなかつたこと、つまり行為の無効なことを前提とする場合は、民法所定の相続放棄取消の事由に該当すると云うことが出来ないのみならず、仮に申述人主張の如き事実があつたとしても、右取消事由に該当しない以上本件申述はこれを許容すべき筋合のものでなく、何等理由が無い申述と云うべきである。

三  しかのみならず、本件記録及び申述人外四名の相続放棄申述の記録によると、(一)被相続人山本四郎の死亡により相続人となつた直系卑属である長男申述人の外二男清二、三男勝美、長女香、四男公司は何れも相続の放棄をしたこと、(二)右相続人等の相続放棄の申述に対し、当庁が為した相続放棄が真意かどうかの照会に対し何れも被相続人の配偶者に相続させたい為放棄する旨回答をしている事実からすると相続人間では被相続人の配偶者に遺産を相続させることの協議が成立したと推測されること、(三)右回答の内で、申述人は相続放棄の趣旨はこれを理解している旨並びに申述人は白河農業高等学校を卒業し、現に福島県立白河農工高等学校実習助手の地位にある旨回答し、その回答書の申述人氏名下の同人の印影と本件申述書の申述人の氏名下の印影とが同一である事実からすると申述人は正常な精神状態のもとで相続放棄の趣旨を充分理解し、これを為したものであることが窺われるから、申述人が放棄取消の事由として主張する事実はこれを認容することが出来ない。

四  尤も、昭和三七年法律第四〇号で民法の一部が改正され、同年七月一日からこれが施行をみるにいたつたが、これによると、同法第九三九条は相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初から相続人とならなかつたものとみなす。と改正された為前記相続放棄の記録により明白なように、右改正法施行後死亡した被相続人山本四郎は亡山本清、ヒサ間の四男であるから、前記のように直系卑属である相続人が全部相続を放棄した結果相続人は右四郎の配偶者の外四郎の兄弟姉妹等が右配偶者と共同相続をすることが一応推測され、然るときは、直系卑属がその母に相続させたい為放棄した理由が一部貫徹出来なくなる虞が生ずることが考えられなくはないが、これは民法第九五条の要素の錯誤になるか否かの問題即ち放棄は無効か有効かの問題であつて、これが放棄取消の事由とは解せられないことは、民法第九一九条第二項が取消事由を明確にしている点からも明白であるし、又、放棄なる身分上の行為はその表意者に於てその行為を為す意思があつたかどうかにより決するを相当とすべきであるから、この点からも又取消事由とすべきでない。

五  そして、家庭裁判所での相続放棄申述の受理は、一応の公証を意味するに止まり、相続の放棄が有効か無効かを終局的に確定するものではなく、その認定は民事訴訟による裁判によつてのみ終局的に解決することが出来るのであるから、右民法改正の結果錯誤となつたとしても、申述人としては法律上救済の手段方法を失つたと云うことにはならないものである。

してみると、申述人の本件申述は、その取消事由として主張する事実自体が民法所定の取消事由に該当しないのであるから、理由が無いものとしてこれを却下すべきである。

仍て、主文の通り審判した。

(家事審判官 早坂弘)

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